豊中誕生 |
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豊中と言う地名が生まれたのは、意外と新しく明治22年(1889年)でした。豊島郡の中央にあることから名付けたと伝えられています。新免村、南轟木村、山の上村、桜塚村、岡町村が合併し、豊島郡豊中村となり、当時の人口は2,267人でした。 |
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交通&住宅地開発 |
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明治43年に阪急宝塚線の前身の箕面有馬電気軌道が開通し、豊中の住宅地開発はスタートしました。当時住宅地に家を建てたのは、大阪に通うホワイトカラーのサラリーマン、経営者や医師・弁護士など富裕層が多く、敷地のゆったりしたゆとりのある住宅地となっていきました。その後も昭和45年の万国博覧会に合わせた千里ニュータウンの開発、北大阪急行の開通、さらに平成9年には大阪モノレール大阪空港〜柴原間が開通し、南北に阪急と北大阪急行、東西に大阪モノレールが通る現在の鉄道アクセスが出来上がりました。豊中市の北部丘陵地は特に高級住宅地として開発され、東豊中、上野東、緑丘など憧れの住エリアとなっています。 |
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文教都市として |
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大阪に近く、昔は丘陵地が多く敷地が確保しやすかったこともあり、学校も多く立地しています。代表的なのは大阪大学豊中キャンパスです。また豊中高校、桜塚高校など伝統校もあって文教都市としての名声も高まりました。それがさらに教育熱心な人々を集めることにつながり、住宅地の人口はさらに増加。現在も豊中市は教育熱心なアリアとして知られています。 |
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豊中市の概略 |
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面積 |
36.6km2 |
総人口 |
387,144人(2005年2月末現在) |
世帯数 |
167,701世帯(2005年2月末現在) |
外国人登録者数 |
4,840人(2003年現在) |
海抜 |
0m〜134m(134mは新千里北町) |
豊中市の花 |
バラ |
豊中市の木 |
キンモクセイ |
市役所所在地 |
〒561-8501 豊中市中桜塚3-1-1 |
電話番号 |
06-6858-2525 |
豊中市公式ページ |
http://www.city.toyonaka.osaka.jp/ |
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